こんばんは。 毛利です。
あらためて読んでみたら、悲しいのなんのって。
十五夜お月さん ごきげんさん
ばあやは おいとま とりました
十五夜お月さん 妹は
いなかへ もられて ゆきました
十五夜お月さん かかさんに
もいちど わたしは あいたいな
・・・(泣)
これ、小型ハープで弾いたら余計に悲しくなりそうです。
減衰系の楽器はねえ・・。
ハープ
ギター
お琴
リュート
etc.・・・
特にハープの音の持つ曖昧さって、人に考える隙を与えちゃうというか(良い意味ですけど)、限定されない感じがありますでしょう?
ピアノやバイオリンの様に、直接的な音と違って「こうです!」という主張が弱い分、「こうでも良いし、ああでも良いよ」 みたいな考える余地があるというか。
空想の自由度が高い分、自分の中の好き勝手な記憶とリンクし易いのかもしれませんね。
逆に、タンゴとか、強烈な「主張」の必要な曲は、ハープだと物足りないですよね。 弾いて弾けない事はないけど、ピアノやバイオリン以上には良くはならない。 やっぱりピアノやバイオリンで聴きたい!と思う。(私は。)
今の時代は本当に有り難い位の恵まれた日常があるけれど、ほんのちょっと前までは、こんなに悲しい時代があったんですよね。
今はもういないけれど、私も祖父母の時代に聞かせてもらった話から、実際に経験していなくても知っている事があるのは幸いだなと思います。 どれだけ今の日本の日常が素晴らしいか分かりますよね。
さて、十五夜お月さんの作曲は、「本居長世」という人だけど、作詞の「野口雨情」との組み合わせは、他にもあるんですね。
よく知られているところでは
「赤い靴」
「青い目の人形」
「七つの子」など。
どれもこのお二方のコンビで出来ている曲。
他は、私は曲名を見てもメロディーが出てこなかったけど、幾つもあって驚きました。
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